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Nr. 532 November 2025
さて、今回は「子供の貧困」が取り上げられています。
ドイツにおいても多くの子供たちが貧困の中で育っています。それは特に、父親または母親のどちらか一方だけが世話をしている子供たちや、兄弟が多い子沢山の家族の子供たちに当てはまります。お金が不足している家庭では、経済的な状況が重要な話題になり、親同士だけでなく、子供ともそのことについて話し合わなければならないことがよくあります。金銭的な困窮は、親だけでなく子供にとっても社会的な孤立につながる可能性があり、家族の社会的地位や親の学歴も、子供の学業の成果に悪影響を及ぼすことがあります。
2024年には、ドイツで200万人以上もの子供や若者たちが貧困の危機にさらされていました。2023年末には、ベルリンでは約63万人の18歳未満の子供や若者たちが暮しており、その内のほぼ4分の1が、父親や母親が失業していたり、家族を養うのに十分な収入を得ていなかったりするために、生活費を国の支援に頼らざるをえない家庭で暮していました。貧しい市民を国が援助することは当然のことのように思えるかもしれませんが、このような国家による支援は自動的に与えられるわけではありません。これは自ら申請しなければなりません。
しかしながら、そのような支援を受ける資格のある人の多くが、それに必要な申請を出すことができていません。しかも申請は複数必要です。というのも、大抵は複数の窓口に連絡しなければならないからです。たとえば、児童手当は家族手当機関が、住宅手当は社会福祉事務所がそれぞれ担当しています。もちろん、これらを一括して扱い、さまざまな法律に基づいて、受け取るべき支援をひとつの窓口で申請できるようにするために、ひとつの窓口で必要な支援をすべて受けられるようにしようという取り組みもありました。しかしながら、政治家たちはまだそれを実現できていません。
ピルマゼンス(Pirmasens)は、ベルリンの西方700キロに位置する、プファルツの森にある人口42,000人の都市です。この街では、多くの人々が靴の製造によって生計を立ててきました。街の至る所に靴工場が建ち並んでいました。しかしながら、その後、他の国でより安価に靴を生産するようになりました。そうすると、ピルマゼンスからそれらの国々にはもはや靴を多く輸出できなくなりました。そして、多くのドイツ人も他の国からの安い靴を好んで買うようになりました。輸入が増え、輸出が減りました。その結果、ピルマゼンスでは多くの失業者が出ました。
多くの人々が国の支援を必要とし、多くの人々が他の場所で仕事を探すために街を去りました。街の人口は減りましたが、社会保障費は増大しました。そのため、街の借金はますます増えました。国は多くの人の家賃や他の費用を支払っていましたが、多くの親が長期間失業したままとなり、そのような家庭では子供の学業成績も下がっていきました。これに対しては何か対策を講じなければなりませんでした。その結果、2008年に当時の市長は、報酬は出なくとも協力したいという市民たちと共に、「ピルマゼン協定(Pakt für Pirmasens)」という市民プロジェクトをそこに設立しました。
そこでは人々が支援を申請する際の手続きを手伝ったり、子供たちの世話をしたりしています。年金生活者のブリュックさん(Herr Brück)は、既に長年この活動に参加しています。彼は親たちを助けるだけでなく、子供たちを体操に連れて行ったり、ドイツ語の学習を手伝ったりしています。そうすることで、年金生活者である彼自身も活動的でいられ、常に新しい問題に取り組み、解決策を考える必要があるため、他の年金生活者に比べて認知症になるリスクが低いと彼は考えています。ちょっと何かをまたやり遂げたとき、彼はうれしいですし、ちょっとまた何か新しいことを学べたと感じた時もそうです。彼の活動によって、自分自身も助けているのです。
現市長のツヴィックさん(Herr Zwick)は、ボランティアの人たちが多くの子供たちや若者たちに対して、国の支援の受給に慣れないように支援しているだけでなく、例えば、年に数回、少なくとも50人の市民が集まり、その背後にはさまざまな団体が関わっている「円卓会議」のような場を通じて、互いに多くの社会的なつながりを築いていると述べています。こうして、誰もが他の多くの人々とつながりをもつことができています・・・。
さて、ドイツでは2024年に200万人以上もの子供や若者たちが貧困の危機にあったということですが、日本では厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2022年公表)によると、2021年の日本の子どもの貧困率は11.5%でした。2021年における子供の数は、約1,500万人だったことから、11.5%は約172万人に相当します。年度、年齢層と貧困の定義などが同じではないため、単純比較はできませんが、ほぼ同じか、人口を考えると日本のほうがやや少ないといえるかもしれません。一方、OECDのデータ(2021年)によりますと、日本の子供の相対的貧困率は15.7%であり、これは加盟国38カ国中7位で、かつG7(主要7カ国)の中では最も高い水準でした。同資料ではドイツは11.8%でした。従って、このデータでは日本の貧困率はドイツのそれより悪いという結果のようです。いずれにしても、ドイツ、日本とも子供や若者の貧困が問題になっていることには変わりはなさそうです。また、課題および放送では、2023年末のベルリンでは約63万人の18歳未満の子供や若者たちが暮しており、その内のほぼ4分の1が生活費を国の支援に頼らざるをえない家庭で暮していたことに言及されていますが、私はこの事実には衝撃を受けました。ベルリンでは、その人口の約25%が外国籍、つまり移民・難民の人々が暮す多文化都市であることも一因と思われます。
ところで、かつて靴の製造業で栄えたというピルマゼンスですが、外国で製造された安価な製品との競争に敗れた結果、失業者は増え、多くの人々が他の場所で仕事を探すために街を去りました。また多くの人々が国の支援を必要とし、街の人口は減りましたが、社会保障費は増大したといいます。そのため、街の借金はますます増え、街は寂れます。この窮状の打開のため、2008年に当時の市長は、報酬は出なくとも協力したいという市民たちと共に、「ピルマゼン協定(Pakt für Pirmasens)」という市民プロジェクトをそこに立ち上げました。内容は上記に触れた通りですが、多くの団体・機関やボランティアの尽力により、互いに多くの社会的なつながりを築いているということです。今後もこのプロジェクトが継続されることを期待したいと思います。
また、課題および放送に登場するピルマゼンスのブリュックさんのボランティア活動ぶりが興味を引きました。彼は年金生活ですが、自分の時間やエネルギーを惜しまず地域の子供たちを世話や支援をしながら、ボランティアとして積極的に活動しています。その活動は彼自らが社会とのつながりや生き甲斐に感じており、彼の言葉を借りれば「自分が認知症になるリスクの低減に役立っている」といいます。正にウイン・ウインの関係ではないかと思います。ブリュックさんが現在、何歳であるかわかりませんが、長らくこのボランティア煮携わってきたことを考えると恐らく80歳台だと推測します。心身がそこそこ健康である限り今後もこの活動を継続するだろうと推測しますし、遠く日本からも彼の活動を応援したい気持ちです。しかしながら、こうした取り組みにより短期的にはこの街は持続可能だと思いますが、中長期的には靴の製造業に代わる新しい産業やスタートアップ企業が生まれることなしには街の維持、さらには発展・繁栄にはつながらないのではないかと思いますので、ちょっとその点が気になるところです。
K. K.