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Nr. 535 März 2026
さて、今回は、ドイツの市民農園〔シュレーバーガルテン、クラインガルテン〕が話題になっています(2013年5月の第387号においても同じテーマが今回とは異なる視点で取り上げられていました)。
ドイツには13,000の市民農園協会があり、そこには90万人の市民農園利用者が会員として所属しています。小さな庭があるその土地は大抵、市の所有であり、協会はその土地を市から借り受けています。そのため協会は地代を払わなければならず、その費用を会員から集めています。多くの都市では庭に使える土地が少な過ぎますので、こうした協会の会員になることは難しいです。待機リストは大抵かなり長いです。
エングヴェルトさん(Frau Engwert)はそのことについて本を書き、それで多くの成功を収めました。この本を多くの人が買いました。ドイツでは市民農園のことをシュレーバーガルテン(Schrebergärten)と呼んでいます。というのは、シュレーバー(Schreber)さんという医師が、ライプツィヒで労働者家庭のために子供たちがもっと戸外で過ごせるように市民農園の推進に多大な尽力をしたからです。これは、2013年5月号(第387号)におけるテーマの一つでした。
エングヴェルトさんは、10年前にシュレーバーガルテンの利用者になりました。彼女にとって、彼女の庭は、良き友人またはもう一人の家族のような存在です。庭は、彼女にとって、都会での生活がもたらす負担に対してバランスを生み出してくれています。彼女は果物や野菜を栽培することや、また常に新しい作物を知ることを楽しんでいます。自分の庭で、あらゆるものが育っていくのを見たり、そして自然の中で天気や季節の移り変わりを観察したりすることは、彼女にとって楽しみです。彼女が市民農園を手に入れようと努力したのは、子供たちが一本の木を欲しがったことから始まりました。当時子供たちは3歳と5歳で、かなり小さかったのですが、それでも木に登りたかったのです。
ベルリンでは、他のすべての都市と同じように、多くの通りに街路樹が立っています。しかしながら、そこでは小さな子供は登ることができません。というのも、歩行者が通れるようにするために、地上から10~15メートルほどの高さまで枝が切り落とされて、無くなっているからです。しかしながら、市民農園では、木のほとんどの枝がそのまま残されています。そのため、そこでは小さな子供も木に登ることができるのです。
しかしながら、そのことについて考える切っ掛けのひとつは、会社のある同僚の存在でもありました。彼は、市民農園を持っていて、職場でもときどき、自分の庭に新しい植物を手に入れるためにどんなふうに工夫しているかを話してくれたのです。例えば、新聞の小さな広告欄を読んで、そこに出している人人に注文をしたりするというような具合にです。
すると彼女は、自分たちが住んでいる地域のどこに市民農園があるのか、そしてそこまでどれくらいの距離がるのかを調べました。というのも、彼女は車を持っていませんので、その農園まで公共交通機関で無理なく通える必要があったからです。それから、いくつかの協会に申し込み、ウェイティングリストに名前を載せてもらいました。すると、1年も経たないうちに最初のオファーが届き、彼女はすぐにそれを受けることにしました。
彼女がその庭を前の借主から引き継いだとき、庭仕事をやる者として何を、いつ、どのようにやるべきなのか余りにも知らなすぎました。前の借主から多くの情報はもらったものの、それでも少なすぎました。彼女は彼にもっとたくさん質問すべきでした。そして今思うのは、当時その庭が度のような状態であったか、そこに何が生育していたのかを、きちんと記録しておくべきだったと思います。
多くの植物については、彼女はそれが何と言う名称なのかさえ知りませんでした。将来何か予定されている工事について、また、そこの土の中に何らかの配管やケーブルが敷設されているのかどうかについても、調べておくべきでした。もし彼女がそれらを書き留めておいたなら、その後の何年もの間彼女には大いに役だったでしょう。
園芸についてほとんど知識がありませんでしたので、常に調べなかったなら、余りにも多くの間違いをしていたでしょう。しかしながら、多くの情報は簡単には見つかりませんでした。それゆえに、彼女は初心者向けの園芸についての本を書くことを決心しました。そうしてその本が出版されると、読者からさらに多くの質問が寄せられ、また多くの人は彼女に追加の情報も送ってくれました。彼女はこう言っています。自分は今や、人がどんな失敗しうるのか、そしてよりよくする方法をどのように学ぶのかがとても分かるようになったのだと・・・。
さて、今回の放送に登場する3人のゲストの内、課題でも取り上げられているエングヴェルトさんが市民農園〔シュレーバーガルテン、クラインガルテン〕を始めることになった切っ掛けやその後、„Abenteuer Garten:Mein erstes Jahr im Schrebergarten”(「冒険ガーデン:私の市民農園における最初の1年」)という本まで出版してしまう過程がとても興味深かったです。まずは切っ掛けですが、当時3歳と5歳になる彼女の二人の子供たちが登れるような木を欲しがっているのを知っていました。加えて、市民農園を借りている会社のある同僚の存在でした。彼が市民農園やそこに植える植物のことについていつも話すのを聞いていたりしていましたので、彼女自身も市民農園を借りたいと思うようになりました。ただ、彼女は車の運転をしませんでしたので、公共交通機関で行けるような自分たちが住んでいる近隣にある市民農園のウェイティングリストに名前を載せてもらったといいます。すると、幸運にも1年も経たないうちに前任者から借りることができました。その後、失敗と成功を繰り返し、都度記録を残しながら、市民農園を借り始めてから約5年後の2020年2月、上記の園芸の初心者向けの本まで出版してしまうセミプロ級のアマチュア園芸家になりました(彼女の本の紹介蘭には、通称Hauptstadtgärtnerin(「首都の園芸家」)であり、グラフィックデザイナー、趣味の写真家、著者、母親と記載されています)。
彼女が市民農園を借りて今や約10年が経過し、市民農園は彼女自身にとっては、良き友人であると同時に家族の一員であり、都会での生活がもたらす負担に対してバランスを生み出してくれています。一方子供たちにとっても日常的に自然に親しみながら、果物や野菜が育つようすを間近で観察できたことは恐らくとても良い経験になったものと思います。現在13歳、15歳になった彼らですが、ひょっとすると彼らの学業修了後の進路にも何等かの影響を与えるかもしれません。放送では子供たちのことは取り上げられませんでしたが、彼らの母親が取り組んでいる市民農園について彼らの率直な気持ちを訊いてみたいところです。
ところで、2013年5月号(第387号)において市民農園が取り上げられていたことはすっかり忘れていました。この番組の実際の放送日は前年の2012年10月でした。これによれば、大都市で庭づくりを楽しむ人々の共同体は、ますます大きくなっていますが、その様子を観察するには市民農園〔シュレーバーガルテン〕の故郷であるライプツィヒほどふさわしい場所はないといいます。ここでは、昔ながらのLaube(「小屋」)への需要が衰えることなく続いているだけでなく、コンクリートの大地からは、新しい形の「都市型農業」も次々と芽を出しているといいます。例えば、近隣住民の共同庭園、多文化共生型の庭、コミュニティガーデン、それにゲリラ・ガーデナーなど。2013年というのは、まだエングヴェルトさんが市民農園を利用しておらず、前記の通り子供たちから登れるような木が欲しいとか、市民農園を利用している同僚からいろいろと話を聞いていた頃だったかもしれません。
課題冒頭で紹介されているように、ドイツでは13,000もの市民農園協会と90万人もの会員がいるとのことですが、やはり長い歴史の中で発展してきたことが窺われます。改めて市民農園について調べてみると、ウィキペディアによれば、歴史上最初の市民農園協会は、1814年、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州のカッペンという街で設立されたとのことですが、現代につながるような本格的なものは1864年、ライプツィヒで作られ、ドイツ各地に広まったとのことです。さらには1919年に、利⽤者の権利を保護する法律が定められ、国の制度に取り⼊れられたとのことです。
さて、日本での市民農園の歴史と現状について調べてみましたところ、1990年代にドイツの制度を参考に導入されたとのことでした。市民農園は、サラリーマン家庭や都市の住民の方々がレクリエーションとしての自家用野菜・花の栽培、高齢者の生きがいづくり、生徒・児童の体験学習などの多様な目的で、小面積の農地を利用して野菜や花を育てるための農園のことをいうとのことです。また市民農園の形態としては、日帰り型市民農園と滞在型市民農園とに大別できるようです。最初の本格的事例は1994年の北海道・幕別町「幕別クラインガルテン」とのことです。滞在型市民農園として、農地に小屋を備え、都市住民が長期滞在しながら農作業を楽しむ仕組みが広がったようです。現在は全国に約100箇所以上が整備され、地域活性化や都市と農村の交流拠点として定着しています。一方で、利用者の高齢化や運営費の確保が課題になっています。日本においてはまだ30年と歴史が浅いこと、また、滞在型市民農園がある点がドイツとは異なるようです。最初ちょっと意外に感じたのは、「○○(地名)クラインガルテン」というドイツ語の呼称を使用しているところが多い点です。市民農園がドイツ由来であることを示すことを意識した命名なのでしょうか。そう考えると納得できるような気がします。
K. K.