Kommentare zu
Nr. 526 Januar 2025
今回は、ドイツの子供たちのドイツ語能力の低下が話題になっています。
ドイツでは、教育研究者の多くが以前から、ますます多くの生徒たちがますます読み書きができなくなっていると警告しています。ある小学校では、1年生の生徒たちのドイツ語の知識が低かったため、全員が落第しました。つまり2年生に進級できず、1年生をもう一度やり直さなければなりませんでした。多くの問題が重なりましたが、そのような問題は他の場所でも見られます。
ラモフスキーさん(Herr Lamowski)は、17年間、校長として小学校を運営してきました。この間に、彼は、子供たちが学校に来るようになったとき、教師たちが予定通り初日からカリキュラムを始めることができるようになるまでに、ますます多くの準備時間が必要であることに気づきました。それには半年かかることもあります。
フランクフルト・アム・マインにおいては、言語レベルが低いため、多くの子供たちが非常に低いレベルのドイツ語を持って1年生に入学し、最初は授業にほとんど参加できない地区があります。そして、4年生の終わりになっても、多くの子供たちは依然としてドイツ語が非常に下手で、彼らがドイツ語で何を言おうとしているかをおおよそにしか理解できません。
アイヒホルツ博士女史(Frau Dr. Eichholz)は、ギムナジウムでフランス語と英語の授業を行うために、ロマンス語学と英語学を学びました。副業として2年前に、週に一度、正書法の講座を引き受けました。彼女はその講座で、正書法の問題ではなく、多くの子供たちがドイツ語で十分に話せず、読み書きに大きな問題があることにすぐに気づきました。正しく読むことが出来ない人は、普通は正しく書くことができません。そのため、彼女はこれらの子供たちと正書法について話す必要はほぼ全くといえるほどありませんでした。なぜならば、それはほとんど意味が無かっただろうからです。彼女が助けたいと思っていた子供たちは読むことができました。しかしながら、大抵は書くことよりましにできました。
3年生および4年生では、読むことに関しては少し改善されました。しかしながら、話す時には彼らは余りにも多くの間違いを犯します。彼女は、彼らの書き方はひどいと感じています。彼らの言語知識・能力は本当にとてもひどいと思っています。
リーゼルさんのこの番組の3番目のゲストは、ケンプフェさん(Frau Kämpfe)です。彼女はある教育大学に勤務する教育学者です。リーゼルさんは2001年から5年毎に50以上の国々で実施されている国際的な小学校の読解力調査についても彼女に質問しました。この調査では4年生の終了時の読解力の成果が問題になります(評価されます)。2021年の結果は、すべての4年生のうち四分の一の生徒の読解力があまりにも低すぎるというものでした。これは決して移民の問題だけではありません。なぜこれほど多くの国々でこれほど多くの子供たちが言語に問題を抱えているのかというリーゼルさんの質問に対し、彼女は、原因は非常に複雑であると答えました。
ドイツでは教育費はゆっくりではありますが、着実に増加しています。多くの連邦州において、過去数年間で、これまでに無く教師が教職に就いています。ところが、多くの努力にもかかわらず、生徒の成績は低下し続けています。
リーゼルさんがこの点についてラモフスキーさんに意見を求めると、彼はそれが質と量の問題であると指摘しています。教師として採用されるすべての人が、適切な職業訓練を受けているわけではありません。希望する人数の優秀な教師を見つけることは到底できません。従って、未だ全く学業を終えていない学生がますます多く採用されていますし、異なる専攻をした学生も多く採用されています。一方で、これらの教師たちは、ますます多くの問題を抱える子供たちに対処しなければなりません。
多くの子供たちはますます早い時期から保育園に通い、そこで多くの時間を過ごしています。以前は、一人の保育士が8時から12時まで一組の子供たちを担当していました。現在では、そこで多くの子供たちが保育士の目が行き届かないままに、自分で活動を探していることが多くなっています・・・。
さて、今回の課題および放送番組は、リーゼルさんという司会者が、3人の専門家(17年間校長として小学校を運営してきたラモフスキーさん、ギムナジウムでフランス語と英語の授業を行うために、ロマンス語学と英語学を学び、現在は副業として2年前に週に一度、正書法の講座を引き受けているアイヒホルツ博士女史、さらにある教育大学に勤務する教育学者であるケンプフェさん)をスタジオに招き、ドイツの子供たちのドイツ語能力の低下という問題について話し合っているという内容です。3人とも自分の経験に基づき教育現場での現状を否定的に見ているという印象を受けました。
中でも今回私が驚いたのは、ドイツのある小学校では、1年生の生徒たちのドイツ語の知識が低かったため、全員が落第し、1年生をもう一度やり直さなければならなかったこと、しかも、このようなことはその小学校に限ったことではないとのことでした。改めてドイツにおいては進級に関しては厳しいと思いましたし、このようなことは日本ではまず考えられないだろうと思いました。日本では病気などで長期欠席し、学力が十分でない生徒でも、おそらく義務教育である中学校までは学校の「寛大」な処置により、進級はできるだろうと想像します。
また、フランクフルト・アム・マインにおいては、言語レベルが低く、多くの子供たちが非常に低いレベルのドイツ語を持って1年生に入学し、最初は授業にほとんど参加できない地区がある上に、4年の終わりになっても、多くの子供たちはドイツ語が非常に下手なため、彼らがドイツ語で何を言おうとしているかをおおよそにしか理解できないとことです。しかも、これらの問題は移民の子供たちだけでないというのですから、問題は深刻だと思いました。ちょっと信じられないような話です。
ところで、日本の4年生の読解力についても上記のDie internationale Grundschul- Leseuntersuchungの国際比較においてはどの程度のレベルにあるのかを知りたかったのですが、私が調べたところ、理由は不明ですが、日本はこの読解力調査には参加していなかったようです。その代わりOECD(経済協力開発機構)が概ね3年ごとに実施しているPISA(Programme for International Student Assessment : ピザ)と呼ばれる国際的な 学習到達度に関する調査があることが判明しましたので、調べてみました。これは義務教育終了段階の15 歳の生徒が、それまでに身に付けてきた知識や技能 を、実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかを測る事にありますが、直近の2022年の調査において、読解力については、日本はアイルランドに次いで2位だったとのことです。尚、ドイツは22位とのことでした。日本の2位については意外に良いという印象を持つ一方で、ドイツに関しては今回の課題・放送で対象となった生徒(4年生)に比べ年齢が高く、やや異なりますが、納得できるような気がしました。しかも、2022年のドイツの結果は過去のPISAにおける調査結果より低下していたということでした。次回の調査は今年実施とのことですので、その結果にも注目したいところです。
ところで、テキスト(28ページ)に„…am Ende der 4. Klasse sprechen immer noch viele richtig ‚basales‘ Deutsch”という文章とその注釈としてBasal ist, was die Basis bildet. Sie sprechen so, daß man sie irgendwie versteht, sagen z. B. „Ich geh„ zum Schule” statt „Ich gehe zur … ”という文が掲載されています。私は、最初に注釈を見ないで、,basales‘ Deutschを読んだときは、中近東諸国のバザールなどで使われる(?)「間違いの多いドイツ語」と勝手に解釈していました(中近東諸国でドイツ語が話されるというのは、考えて見れば奇妙なのですが)。しかしながら、調べて見ると、中近東諸国の「バザール」はBasarという綴りの名詞であり、注釈にある形容詞のbasalとは音はちょっと似ているものの全く別の単語であること、加えてbasal にはBasisの意味があることがわかり、納得した次第です。ところで、注釈にあるようなIch geh„ zum Schule.という例文を誤りがあることも含めて日本語に訳すとしたら、どのようになるのでしょうか。わずか4語からなる短文ですが、動詞の人称変化や冠詞の誤りを反映させた日本語で表現することは難しいと思いました。またこの誤った文章をドイツ語ネイティブの話し手が聞いたとき、意味は理解できるにしても、どのような印象を持つのでしょうか。外国人が時折、助詞を省略し「私、学校、行く」という日本語の文を話すのを聞くことがありますが、その時と似たような印象を与えるのでしょうか。
K. K.