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Nr. 540 August 2026
今回は共感力を有する裁判官が話題になっています。
他人に対し共感しながら振る舞う人は、ギリシャ語では„empathisch(共感的)”といいます。そして、ドイツ語の„Einfühlung(共感、感情移入)”にあたるギリシャ語が„Empathie”です。ドイツ語の単語を使わずギリシャ語を使うと、より学術的に聞こえますが、イェッセ氏(Herr Jesse)が被告人との„empathischer Umgang(共感的な接し方)”について語るとき、それは彼にとってはごく普通の形容詞であり、単にドイツ語の形容詞に置き換えたいとは思っていません。
イェッセ氏は、フランクフルト・アン・デア・オーダー地方裁判所の主席判事です。そこで彼は経済刑事部を率いています。しかしながら、そこで扱われるのは、経済犯罪分野の刑事事件だけではなく、それは同時に一般刑事部でもあります。そして現在進行中の刑事裁判では、あるジャケットの強奪事件が問題となっています。被告がこれまでに犯した強奪は今回が初めてではなく、その男をこのような犯行に駆り立てたのが彼のアルコール依存症なのかどうか、そして精神科の鑑定医が彼の責任能力を調べなければならないのかどうかが、明らかにされなければなりません。
鑑定では、その男性が懲役刑に処されるべきなのか、それとも精神科病院に収容されるべきなのかが問題となっています。しかしながら、鑑定医は、精神科病院への収容は無意味であると考えています。なぜなら、この男性においては、精神科的治療が何らかの効果を及ぼしうると期待できないからだといいます。その理由は、彼が子供の頃に道徳的な意識を育んでこなかったからだとのことです。
しかしながら、イェッセ氏は別の考えを持っています。被告人があのように上半身を縮めて座り、うつむいている様子には、彼が深く恥じていることが現れているとイェッセ氏は見ています。この男性に対する共感から、彼は、被告がすでに強盗罪の前科があり、さらに再犯しているにもかかわらず、彼を見捨てたくはないのです。
イェッセ氏は、尊敬の念を抱かせる裁判運営のスタイルで知られています。その尊敬は、威圧的な態度によってではなく、特別な誠実さと、被告人や証人に向き合う彼の姿勢よって得られるものです。彼が彼らを真剣に受け止めていることは、はっきりと示しています。彼は、気弱になっている証人を励ますこともあれば、犯行現場で加害者が落ち着くという結果を達成した警察官を賞賛することもあります。
彼は大学で法学を学び、法律をどのように適用すべきかを知っています。しかしながら同時に、大きな共感力も身につけてきました。公判において、裁判官として抵抗を打ち砕こうとすることは、彼は無意味であると考えています。抵抗を避けて通る方がより容易だと彼は考えています。誰かがどうしても何かをしたくないのであれば、裁判官だからといってその人を強制することはできません。しかしながら、何かしらを人は望んでいます。そして、別のことを望んでいる人においても、しばしば、そこからなお情報を引き出すことに成功するといいます。これは、彼にとって人間的な観点から興味深い仕事です。そのようなことが彼にはうまくいくのは、彼が人々をあるがままに受け止め、彼らに共感をしようと努めているからといいます。
彼の学業の締めくくりになったのは第一法務国家試験でしたが、それだけではなく彼は博士号も取得しています。博士論文では、国際刑事裁判所における犯罪という概念、すなわち、ジェノサイドや戦争犯罪について研究しました。その後、ベルリンで裁判官として殺人事件や未成年者に対する性的虐待事件を含む裁判を担当しました。彼の判決理由はしばしば、マスメディアで引用されました。というのは、彼が判決理由を、被告人に対する戒めの言葉や励ましの言葉を使って、明確な表現で結びつけて述べたからです。
4年半前、彼はすべてがもう少し見通せる地方裁判所へ移ることを決心しました。刑事事件だけではなく、社会的な環境やメディアの反応もそうです。例えば、„Märkischen Oderzeitung”では、定期的に裁判報道が掲載されています。同紙の司法担当記者ハウスディング氏は、既にここ20年にわたりこの地域の裁判について記事を書いてきました。イェッセ氏は、こうした報道も重要であると考えていますが、自分自身で法廷でどのように進むのかを体験するために、もっと多くの人が裁判の傍聴に訪れてくれればもっと良いと考えています・・・。
さて、今回登場するフランクフルト・アン・デア・オーダー地方裁判所の主席判事であるイェッセ氏について、共感力を有する裁判官として取り上げられています。彼は共感的な態度は民主主義にとって不可欠であると述べ、裁判官が人間的に接することにより、司法への信頼が生まれると考えているようです。彼のような裁判官はまだ少数派だと思いますので、今後増えることを期待したいところです。しかしながら、今回の被告人に関して、「上半身を縮めて座り、うつむいている様子には、彼が深く恥じていることが現れている」とイェッセ氏は判断しています。イェッセ氏の判断は長年の経験から導き出されたものだと思いますが、私にはそう判断してよいものかどうか分かりません。心証を良くするために被告人が態度を偽装している可能性もゼロではないと思うからです。
さて、今回の課題と番組において実際の裁判の実態について触れられていました。それによると、傍聴席に座ったときに、推理ドラマやテレビシリーズが描く裁判官像が、現実とはほとんど 関係がないことに気づかされるといいます。今日の裁判官たちの振る舞いは、これまで裁判官の「イメージ」を形づくってきた、厳格で感情を見せない法服の権威とは大きくかけ離れているという箇所はとても興味を引きました。私自身は裁判の当事者になったことはありませんし、裁判員になったこともなく、また裁判を傍聴傍した経験もありませんので、日本での実際の裁判がどのようなものであるかは分かりません。しかしながら、私も時折テレビで見る裁判の場面が実際の裁判と同じようなものだろうと思っていましたので、この指摘は意外に感じました。
「法服の権威」というに言葉が上記の通り登場しましたので、「法服」について改めて調べてみました。裁判においてはドイツでは裁判官・検察官・弁護士などの法廷に立つ三者は原則として法服(e Robe)を着用していますが、意外なことにこれは法律ではなく慣行に基づくとのことです。一方、日本では裁判官・検察官・弁護士は法律で法服の着用が義務付けられているものの、現実には裁判官のみが着用し、検察官・弁護士は着用せず、スーツを着用しているとのことです。確かに日本ではテレビドラマにおいては検察官・弁護士は法服を着用せず、裁判官のみが着用しているシーンを思い出します。法服着用に関してのドイツと日本のこの違いは興味深いと感じました。
シュテファン・モシュコフスキー(Stefan Moschkowski)氏がコットブス地方裁判所の報道担当官として紹介されています。日本では、私の知る限り裁判所に彼のような広報官は制度として存在しないと思います。また、裁判官がインタビューに答えることもないですし、日本でも裁判官が被告人に対し、確定判決後に説諭することはメディアでも報道されることがありますが、裁判官自身がメディアの取材を受けることはないのではないかと思います。この点もドイツと日本の違いを感じるところです。
今回、番組で参審員(r Schöffe)という言葉も登場しますが、大分前に参審員を扱った課題があったことを思い出しました。また、その時日本の裁判員とは異なることを知りました。
また、イェッセ氏は左右色違いの靴下を穿いていることでも有名であると紹介されています。確かに普通の社会人であってもそのような靴下を身につけていれば、人の視線が注がれるだろうと思いますし、ましてや権威の象徴であると思われる裁判官であればその足元下にちょっとした遊び心(?)が見えれば、なおさら注目されると想像します。番組ではイェッセ氏自身は自分の靴下については何も言及していませんが、柔軟で形式主義に陥らない、開かれた精神の持ち主であるという印象を私は受けました。
ところで、私はこの箇所を読んで靴下に関係する過去の自分自身の経験をふたつ思い出しました。
一つはドイツで勤務していた頃の話です。私はドイツ人ネイティブの方から短期間ドイツ語の個人教授を私が住んでいるマンションで受けていたことがあります。初めての授業の日。我が家は居間では日本式に靴を脱いでスリッパまたは靴下で生活していたため、先生にも玄関で靴を脱いでもらいました。その直後先生の靴下に穴が開いていたことに気づき、先生と一瞬目が会いました。そしてその後少しの間がありました・・・。先生は少し笑っていたと思いますが、私としては先生に少し恥ずかしい思いをさせてしまって申し訳ない気持ちになったことを思い出しました。
もうひとつは、数年前に病院で大腸内視鏡検査を受けた時の話です。その時の検査医は中年の(?)女性でした。検査中の検査室は薄暗かったのですが、検査終了後に検査室のドアが開き、部屋の外からのライトに照らされた彼女の足元を見ると、かわいらしい色鮮やかなキャラクター柄の靴下をはいていたのが分かりました。検査終了後のほっとした気持ちもあり、思わず微笑んでしまいました。
先月のNHKラジオドイツ語講座において発音練習のための例文がいくつかテキストに掲載されていました。その中で、早口言葉のようでおもしろいと感じましたので、以下の3つを紹介します。下線部がそれぞれ発音練習のための部分です(語呂がいいので覚えてしまいました)。日本語訳はテキストからそのまま引用しています。
- Ich bin jetzt entsetzt. Der Sitz ist besetzt!
私は今、ショックを受けています。席がふさがっているのです! - Gregor und Gretchen grillen im grünen Gras.
グレゴールさんとグレートヒェンさんが緑の草地でバーベキューをしている - Das Quartett quatscht über die Qualität des Quarks.
4人組がクワルクチーズの品質についてぺちゃくちゃしゃべっている
K. K.